| 平成19年12月5日 |
| ■第14号■ |
発行:社団法人唐津観光協会
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佐賀県唐津観光協会が発行するニュースレター「唐津んもんだより」第14号です。
唐津市のイベント・観光情報をお届けします。
【INDEX】
見所・イベント予告
■年末年始のちょっとひなびた温泉めぐり
・佐里温泉
・からつ温泉
・七山温泉
・鳴神温泉
・妙法寺温泉
・厳木(きゅうらぎ)温泉
■呼子(よぶこ)朝市サンタのプレゼント
■おんじゃおんじゃ
■唐津・おも城話その(2)
・肥前名護屋城
・歴代城主見聞録2 大久保氏
・2008年、唐津城築城400年
−全国城下町シンポジウム唐津大会開催−
■ATAだより
壱岐・活きグルメ 秋のよかばいツアー
のご報告
■「唐津の食」紹介
・呼子(よぶこ)の雑煮と唐津市内の雑煮
唐津よもやま話
■「唐津ゆかりの人」紹介
・辰野金吾その(1)
■「春よこい」ロケと公開予定について
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見所・イベント予告
■年末年始のちょっとひなびた温泉めぐり
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九州の温泉といえば別府や黒川、佐賀県では嬉野などが有名ですが、唐津にも14カ所の天然温泉があり、地域の人たちに親しまれています。特色も、近くに絶景スポットがあったり、美味しいものが食べられたり様々。年末年始の小旅行にもおすすめな、名だたる温泉街にはない心も体も暖まる“ちょっと、ひなびた唐津の温泉”をご紹介します。
佐里温泉 登栄荘
「花の湯」「檜湯」「木もれびの湯」「杜ノ湯」バラエティ豊かな天然温泉で、お湯巡りが楽しめます。
佐里温泉のシンボル、ピラミッド型総ガラス張りの「花の湯」内では、季節の花々を愛でながら温泉情緒を味わうことができます。
天然酵母を使って窯で焼きあげるクロワッサンやアップルパイもおすすめです。また、庭園では、12月1日〜3月23日まで「佐里温泉ガーデンイルミネーション」が開催されています。10,000uの敷地内に11万個のライトが点灯。この季節限定のお楽しみ、外のライトアップを眺めながら温泉を満喫する事が出来ます。
立ち寄りで、お風呂のみの利用も可能です。相知町佐里は演歌界の大御所、故村田英雄さんが幼少期を過ごされ、晩年心のふるさとと称された地です。佐里温泉から車で5分の「村田英雄記念館」にも、立ち寄ってみてはいかがでしょう。
【お部屋】 全12室(50名様収容)
チェックイン14:00 アウト11:00
【交通】 長崎自動車道「多久IC」より車で20分
JR佐里駅より徒歩3分
【駐車場】 40台
【料金】 12,000円〜(休前日2,000円増し)
入浴のみ大人600円・小学生以下300円※杜ノ湯(家族風呂)は別途料金
(時間10:00〜21:00)
【住所】 唐津市相知町佐里1069-1
【電話】 0955-62-3218
[村田英雄記念館]
【開館時間】 9:00〜17:00
【休館日】 年末年始(12月29日〜1月3日)
【入館料】 大人200円・小中学生100円(団体割引15名様からあり)
【住所】 唐津市相知町大字相知1509-4
【電話】 0955-51-8312
からつ温泉かぐや姫の湯 旅館 綿屋(わたや)
唐津の観光の拠点として最適な場所にあり、広々とした庭園と風雅な建築の和風のお宿です。唐津観光のポイント「唐津城」「旧高取邸「曳山展示場」も徒歩圏内にあり、唐津駅より徒歩10分、大手口バスセンターより徒歩5分と、アクセスも抜群です。天然温泉“かぐや姫の湯”では「露天風呂」「陶器風呂」「檜風呂」の3タイプのお風呂を楽しむことができます。立ち寄りで、お風呂のみのご利用も可能です。
【お部屋】 全12室(60名様収容)
チェックイン15:00 アウト10:00
【交通】 JR唐津駅より車で3分 徒歩10分
【駐車場】 普通車20台
【料金】 平日・休前日15,000円〜(特別日以外)
入浴のみ大人500円・小人300円
(時間11:00〜21:00 タオル別)
【住所】 唐津市大名小路5-10
【電話】 0955-72-4181
[おすすめスポット]
唐津城
【開館時間】 9:00〜17:00
【休館日】 12/29〜31
【入館料】 大人400円・小人200円
【住所】 唐津市東城内8-1
【電話】 0955-72-5697
旧高取邸
【開館時間】 9:30〜17:00
【休館日】 月曜(祝祭日の時は翌日)・年末(12月29日〜12月31日)
【入館料】 大人500円・小人250円
【住所】 唐津市北城内5-40
【電話】 0955-75-0289
曳山展示場
【開館時間】 9:00〜17:00
【休館日】 12/29〜31
【入館料】 大人300円・小人150円
【住所】 唐津市西城内6-33
【電話】 0955-72-8278
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七山の温泉で自然・食を満喫!
岩風呂が見事な「七山温泉」
玉島川の流れと緑あふれる自然に囲まれた、七山温泉。
お天気がいい日には天井が開く岩風呂や、趣のある日本庭園と七山の大自然が目前にせまる御影石の温泉プール。どちらも石材店を営むご主人のこだわりです。お湯は源泉かけながし。お食事どころではもちろん七山名物つがにも用意されています。近くには農産物直売所「鮎の里」もあり、おみやげもバッチリ。
【営業時間】 10:00〜21:00(木曜定休日)※プールは4月から10月
【場所】 唐津市七山
【入場料】 大人500円
【お問い合わせ】 0955-58-2000
七山温泉から車で5分ほどの高台に、鳴神温泉「ななのゆ」があります。
大浴場、露天風呂からはまさに大自然が一望でき、建物にふんだんに使用されている木の香りに癒されます。売店では、七山特産品を使って、地元のおじいちゃんやおばあちゃんがつくったお惣菜やおまんじゅうを販売おり、ウッドデッキで食事をすればピクニック気分が味わえます。目の前の農産物直売所「鳴神の庄」でも、新鮮なお土産が揃っています。
[鳴神温泉「ななのゆ」]
【営業時間】 10:00〜21:00(毎月第1火曜日定休日)
【場所】 唐津市七山
【入館料】 大人500円
17:00〜大人400円
【お問い合わせ】 0955-70-7070
ななのゆの駐車場入口に「足湯」バス停があります。バスの待ち時間に、買い物ついでにどうぞ。もちろんバス待ちの方が優先です。
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夢のお告げで湧き出した「妙法寺温泉 飛龍の湯」
その昔、妙法寺の和尚さんが水行のために井戸を掘り、水が出なかったため掘るのをやめようと思ったところ夢でお告げがあり、掘り進めたところ湧出したというのがこの飛龍の湯。厳木町(きゅうらぎまち)妙法寺の境内にあり、当初はお寺の関係者のみが入浴していましたが、地元の要望で一般開放されるようになりました。いまでは、地域住民の憩いの場となっています。
お湯は通称「美人湯」とも言われ、少し濁っていてとろりとした泉質。まるで化粧水かボディローションの中に浸かっているかのようにヌルヌルと肌に気持ちが良く、利用者の中には、頭の毛が生えてきた人もいるとか!
高濃度のため長湯は禁物。そのため湯船の方は少し薄められているらしく、シャワーから出るほうが源泉で、湯船のお湯よりヌルヌル感が強く、硫黄の匂いも強いのが特徴です。
休憩所1階に「ゆず源」という和菓子屋さんがあり、そこには焼きたてパンやおこわなどが販売されています。
神秘的な湯につかり、日頃の疲れを癒して下さい。
[妙法寺温泉 飛龍の湯]
【泉質】 ナトリウム炭酸水素塩泉
塩化物冷鉱泉 温度19.4度
【効能】 慢性皮膚病・やけど・疲労回復 など
【場所】 唐津市厳木町岩屋530-4
【営業時間】 11:00〜21:00
【休み】 月・水・金(祝日は営業)
【料金】 大人
400円 小人
200円(4歳以下小学生まで)
【お問い合わせ】 0954-51-5020
佐用姫(さよひめ)伝説発祥の地に湧いた「厳木(きゅうらぎ)温泉 佐用姫の湯」
厳木は、唐津に伝わる松浦(まつら)佐用姫伝説の佐用姫生誕の地と言われています。伝説の里のいで湯として親しまれているのが佐用姫の湯です。
厳木温泉佐用姫の湯には、燦々と太陽がふりそそぐ源泉の大浴場のほかに、コウカ、トウキ、ケイヒ、カンゾウ、ショウキョウ、ハッカ、チンピ、センキュウが入った薬湯、ラベンダーやゆず、シクラメンなどの変わったお湯が楽しめるイベント風呂、木の香りがたまらないヒノキ風呂、サウナ、家族風呂などがあります。また、今話題の岩盤浴も人気です。
飲食コーナーでゆっくりと食事をして、大シアタースクリーンで映画を鑑賞。マッサージで日頃の疲れを癒すこともできます。地元の特産品を集めたお土産も販売してあり、まさに至れり尽くせり。
冬の一日、のんびりと贅沢な時間をお過ごし下さい。
[厳木温泉 佐用姫の湯]
【泉質】 アルカリ性単純温泉 温度26.6度
【効能】 神経痛・冷え性・疲労回復 など
【場所】唐津市厳木町牧瀬43-2
【お問い合わせ】 0954-63-4126
【営業時間】 9:30〜21:00
【休み】 火曜(祝日は営業) 12月31日〜1月1日休業
【料金】 大人
400円 ※午後6時以降300円
小人
250円(4歳以下小学生まで)※午後6時以降200円
[おすすめスポット]
道の駅「風のふるさと館」
新鮮なとれたて野菜、厳木で栽培されたお茶をはじめ、地元の方が作ったおまんじゅうやお総菜など、地域色豊かな商品が揃っています。
風のふるさと館横には、松浦佐用姫像があり、みんなを見守っています。
蕨野(わらびの)五百羅漢
細い山道を登ると、五百羅漢があります。寛政元年、土地の居石伝左ヱ門の夢枕に弘法大師が立たれ、16羅漢を建立して国土繁栄と領民の幸福を祈るようにお告げがあったことから羅漢像を祀ったことが始まりとされています。
蕨野の棚田
八幡岳(はちまんだけ)の裾野に広がり、日本棚田百選にも選ばれています。日本一の高さを誇る石積みは高さ8.5m。四季折々に美しい表情を見せてくれます。
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■呼子(よぶこ)朝市サンタのプレゼント
イカス☆クリスマスツリー
呼子、冬の風物詩「イカスクリスマスツリー」。
今年も魚網や色とりどりの緋扇貝で飾りつけられています。
期間中、朝市のおばちゃん達も、サンタに変身?!
スルメやアジミリンなどの干物も飾られ、観光客はお一人一枚に限り 持ち帰りOKです。
いざ、早起きして、オーナメント干物をGetしましょう。
【場所】 呼子町朝市通りの「憩いの広場」
イルミネーション点灯は11月21日(水)〜12月25日(火)、18時〜22時です。
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■おんじゃおんじゃ
唐津天満宮の「おんじゃおんじゃ」
毎年1月7日に行なわれる「おんじゃおんじゃ」は、唐津天満宮の伝統行事です。正月飾りの門松や注連縄などを境内に高く積み上げ、それを直径約1メートル高さ約10メートルの大松明と一緒に燃やし、一年間の無病息災を祈ります。鬼を天満宮に集めて焼き払う行事で、「おんじゃおんじゃ」の名称は「鬼じゃ鬼じゃ」のかけ声に由来すると言われています。
【場所】 唐津市十人町
【交通】 JR唐津駅より徒歩7分
【お問い合わせ】 唐津天満宮 0955-72-4844
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■唐津・おも城話その(2)
古くから大陸との交流もあり、開放的で開けっぴろげな城下町「唐津」
のシンボル“唐津城”は来年、築城400年を迎えます。「唐津・おも城話(おもしろばなし)」では、400年祭に向けて行われる様々なイベント情報や、唐津のお城にまつわる話をご紹介していきます。
全国の名だたる武将が勢揃いした大城下町〜肥前名護屋城〜
名護屋城(なごやじょう)は、豊臣秀吉が文禄・慶長の役(朝鮮出兵)のため、現在の唐津市鎮西町(ちんぜいちょう)名護屋に築かせた城で、国の特別史跡に指定されています。秀吉は、朝鮮・明・天竺(インド)の支配を目指す際の前線基地として、大規模な築城を考えていました。この時、小西行長とともに「朝鮮出兵のための築城は、肥前国名護屋が適地」だと、秀吉に進言したのが唐津藩初代藩主の寺沢広高だったといわれています。
築城は加藤清正、黒田長政、小西行長が中心となり、九州の諸大名を中心に“割普請(分担作業)”によって、わずか5ヶ月間で大坂城に次ぐ巨大な城を完成させたといわれています。このことからも、当時の秀吉の権力が途方も無いものであったことが容易に想像できます。
徳川家康、前田利家、石田三成、上杉景勝、伊達政宗など、日本史の教科書にもでてくる全国の主だった大名のほとんどが名護屋に集結し、城を中心とした半径約3km圏内に、120〜130もの陣屋が築かれました。各陣屋は軍事施設としての機能以外に、大名屋敷として能舞台や茶室など文化的な施設も備えていたことが発掘調査で明らかになっており、今では史跡散策のスポットになっている陣跡もあります。
1592年4月には秀吉も着陣し、当時、人口は20〜30万人にもなったといわれる名護屋城下。ここから10数万の兵が朝鮮へ渡り、激しい戦いが繰り広げられたといいます。わずか5ヶ月で誕生したこの巨大な軍事都市は、1598年秀吉が壮大な野望の半ばで死去し、日本軍が朝鮮から撤退を始めたため、6年余でその役目を終えることになります。
現在の名護屋城跡には復元された建物はありませんが、随所に残された石垣に当時の城の雄大さを偲ぶことができます。また、天守台からの玄界灘の眺望は素晴らしく、「秀吉も同じ景色を眺めながら大陸に思いを馳せたに違いない」と思わせる大パノラマが眼前に広がります。隣接する「佐賀県立名護屋城博物館」では名護屋城とその城下町の精密な復元模型や文禄・慶長の役の貴重な資料を見ることができます。
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壱岐、対馬が望見できることもある、天守台から望む玄界灘の大パノラマ |
歴代城主見聞録2 大久保氏 徳川家康の血をひく唐津藩主の因果は、小田原に始まり小田原に終わりました。
寺沢家が断絶になり、唐津藩はしばらく幕府直轄領となっていましたが、慶安2年(1649)に「大久保忠職(ただもと)」が新しい藩主として唐津へ移ってきました。譜代大名として初の唐津藩主が忠職で、以後明治維新まで唐津藩は譜代大名が治めることになります。忠職は、慶長9年(1604)に騎西城主、忠常の子として現在の埼玉県に生まれました。徳川家康の長女「盛徳院」を祖母にもち、講談で有名な旗本「大久保彦左衛門」の子孫にあたります。また、忠職の姉は「南総里見八犬伝」のモデルになったといわれる里見家の10代目、忠義(ただよし)の正室「東の丸」といわれています。忠職は父、忠常の病死により8歳で騎西領2万石の城主になりますが、実際は徳川家康に古くから仕えた祖父の忠隣(小田原藩主)がその代わりを勤めていました。ところが、忠隣は部下、大久保長安の失態(諸説あり)により失脚し、一族のほとんどが処罰を受けることになります。しかし、忠隣の過去の多大な功績を考慮して、孫の忠職は処罰を受けず、大久保家の断絶だけはかろうじて免れました。その後忠職は、美濃国加納藩から播磨明石藩へと移り唐津藩主となりました。
忠職は、まず前藩主の寺沢氏の時代から実施されていた、家臣に一定の土地支配権を与え、その収益を給料とする「地方知行制(じかたちぎょうせい)」を廃止させました。その一方で、藩が一括して徴収した米などの農産物を家臣に与え、その収益を給料とする「蔵米知行制(くらまいちぎょうせい)」を導入しました。さらには、代官制度による統治と農民登用による民政の安定など、藩政の立て直しに尽力し、寛文10年(1670)享年67歳で死去しました。
その後唐津藩は、忠職が3人の息子を早く亡くしたために迎えた養子、従兄弟の忠朝(ただとも)が後を継ぎ、庄屋が領内を転勤する「転村庄屋制度」を導入しますが、この制度は幕末まで続くことになります。延宝6年(1678)忠朝は下総国佐倉藩へ移り、江戸幕府で最高の地位・資格をもつ役職「老中」になり、大久保家の再興を果たします。最終的に忠朝は、曾祖父忠隣が失脚して追われた小田原藩へ復帰し、以後幕末まで10代にわたり大久保家が小田原藩を治め、祖先の無念を晴らすこととなりました。
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唐津城の天守閣より望む、まるで水墨画のような唐津湾 |
2008年、唐津城築城400年
−全国城下町シンポジウム唐津大会開催−
2008年、唐津城は築城400年を迎えます。
この記念すべき年に、唐津市で第27回全国城下町シンポジウム唐津大会が開催されます。
このシンポジウムは全国城下町青年会議所連絡協議会が開催するもので、2008年は(社)唐津青年会議所が主管として、全国の仲間を唐津にお迎えすることになります。全国の城下町に住む青年達が一同に会し、城下町という共通の観点からまちづくりについて語りあうものです。
2008年6月、全国の青年が唐津に集結し、唐津のまちは熱く盛り上がりそうです。
全国城下町シンポジウムに参加予定城下町とそのシンボルであるお城を紹介します。
松本城
長野県松本市にあるお城で、その天守は国宝に指定されています。
江戸時代以前に建造された天守を有する城郭は、現在、全国に12だけ現存していますが、松本城はその中の1つで、安土桃山時代に築城されたものです。
別名“深志城(ふかしじょう)”と呼ばれ、市民に親しまれています。
全国城下町シンポジウム第1回大会が開催された城下町です。
【唐津との縁】
松本藩主であった松平(戸田)光庸(みつつね)の長男が、唐津藩主・小笠原長和の養嗣子となり後を継ぎ、小笠原長国として唐津藩最後の藩主をつとめました。
姫路城
兵庫県姫路市にあるお城で、1993年に世界遺産に登録されました。国宝にも指定されています。
白漆喰の城壁の美しさから別名“白鷺城(はくろじょう)”と呼ばれています。
【唐津との縁】
姫路藩主であった松平(奥平)忠明(ただあきら)は、唐津藩主・大久保忠職(ただもと)のおじにあたります。大久保忠職の母と松平忠明がきょうだいです。また、忠職は、忠明の娘を正室に迎えています。大久保氏と松平(奥平)氏の関係は緊密であったようです。
唐津藩初代藩主・寺沢広孝の父・広政が姫路城の留守役を勤めていた時期もあったようです。
高田城
新潟県上越市にある城郭で、徳川家康の六男、松平忠輝の居城として天下普請によって1614年に築城されました。城地の縄張りと工事の総監督は忠輝の舅である伊達政宗によって行われました。
1870年(明治3年)に火災で消失した三階櫓は、上越市発足20周年記念事業として1993年(平成5年)に復元され、高田城のシンボルとなっています。
公園内には約4千本の桜が植えられ、日本三大夜桜のひとつとして知られます。
春日山城
新潟県上越市の春日山山頂に築かれた標高180mの山城。天然の要害を持つ難攻不落の城で、戦国武将・上杉謙信の城として知られています。
【唐津との縁】
2007年、第26回全国城下町シンポジウム大会の開催地
唐津くんちの曳山に、“上杉謙信の兜”があります。
毎年11月2日〜4日、威勢のよい唐津っ子に曳かれ、10番曳山の謙信公が唐津のまちを勇壮に駆け巡ります。 |
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■ATAだより
壱岐・活きグルメ 秋のよかばいツアー
のご報告
去る11月18日(日)に催行した「壱岐・活きグルメ 秋のよかばいツアー」は、壱岐市役所、壱岐観光協会、壱岐・石田町観光協会、長崎県壱岐民宿共同組合の熱烈な歓迎を受けスタートしました。
行程の2日目が平日だったにも関わらず、72名様のご参加をいただき、大型バス2台に分乗し、壱岐ならではの名所を存分に楽しみました。
“壱岐”といえば?「壱岐焼酎」というぐらい、焼酎作りが盛んだそうで、壱岐には焼酎工場が7つもあるそうです。
もちろん、試飲もたっぷり!皆さんたくさんお買い上げいただき有難うございます。
メインはやっぱり“食事”。夕食は、マグロコースと寒さわらコースに分かれて宿をとりました。
マグロコースは、目の前で開かれたマグロの解体ショーを見ながらのお食事。目でも楽しみながら食事を堪能しました。
寒さわらの時期が少し早かったようで、油ののりがもうひとつなのが少し残念でしたが、獲れたての寒さわらが7本も食卓にあがり、歓声が上がりました。
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■「唐津の食」紹介
呼子(よぶこ)の雑煮と唐津市内の雑煮
呼子の雑煮
元旦にいただく、お雑煮。
地域や家庭によって、おだしや具、お餅の形など様々です。
呼子町内の方、数名に伺いましたが、やはり、各家庭で内容は異なります。
アワビやサザエを入れる所もあります。
その中で、ほとんどのご家庭で共通して入れる物の中に、かまぼこ・かつお菜と並んで「アツヤキ」があります。
「アツヤキ」とは、魚のすり身と卵をすり合わせて焼いたものです。すり身の玉子焼き…と言えば、イメージしやすいでしょうか?
さて、今日は、呼子でイカ漁をされている、白浜さんの奥さんに、雑煮を作って貰いました。
具材は、紅白蒲鉾・かつお菜・アツヤキ・ゴボウ・カシワ・椎茸・鰤(ブリ)・お餅です。
出汁(ダシ)は、アゴ(飛魚)と乾燥椎茸を使って取ります。
椎茸を戻した水と一緒に、アゴを一煮立ちさせ、その後弱火で1時間程煮て出汁をとります。
かつお菜は、茹でておきます。
カシワ・鰤は1時間前に塩を振り、茹でておきます。
鮑やサザエを入れるときも同じ要領で茹でておきます。この時、茹で過ぎないのがポイント。
お餅を柔らかくする方法も、ご家庭により様々ですが、我が家では、お湯で柔らかくします。
出汁に具を入れて温め、出来上がり。
アゴ出汁は、鰹出汁よりもコクがあり、色んな具が入るお雑煮には、ぴったりの出汁ですよ。
唐津市内の雑煮
さて、呼子のお雑煮と何が違うのか?というと、全体的に“シンプル”なところでしょう。
もちろん家庭によって、呼子方面と同様に違いはありますが、一様に“シンプル”なのです。
“シンプル”とは、お餅以外の具が少ない!ということです。というのも、お正月は唐津くんち(唐津神社のお祭りで、毎年11/2・3・4に行われます。)の終わった後にやってきます。
唐津くんちは「三月倒れ(三か月分のお給料を振舞い料理などに使うこと)」と呼ぶほど、この3日間でお金を使い果たすため、正月はお金が無く質素に…という名残だとか。
お出しは、呼子と同様、アゴ(飛び魚)を使うところも有るようですが、我が家は、いりこ・干ししいたけ・昆布・鰹節を使います。
煮立ったあと、鰹節を入れ沸騰させないようにしばらく火にかけます。うすくち醤油で味を調えたら、こんな色合いに。(右上から2枚目)
具は、紅白蒲鉾・かつお菜・椎茸・お餅です。
そう、これだけです。
お餅を柔らかくする方法も様々ですが、我が家では水を火にかけお餅を入れ、極弱火で煮、柔らかくします。
お餅に火が通ったら、器に盛り付けて出来上がり。 同じ唐津市内でも、お雑煮ひとつこんなに違いがあります。 |
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| 唐津よもやま話 |
■「唐津ゆかりの人」紹介
辰野金吾その(1)
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日銀本館や東京駅を設計した“明治の建築王”
唐津藩下級藩士の家に生まれ、努力と行動力で才能を開花 |
東京駅や日本銀行本館の設計者として有名な辰野金吾は、嘉永7年
(1854)幕末の唐津に生まれました。唐津藩の下級藩士、姫松倉右衛門の次男だった金吾は、14歳で父の実弟の養子になり「辰野金吾」と名乗るようになりました。
17歳の時に唐津藩が新設した英語学校「耐恒寮」に入学しますが、この時金吾を教えたのが後の内閣総理大臣、高橋是清でした。同級生には、後に慶應義塾大学図書館(重要文化財)の設計にも携る「曾彌達
蔵(そね たつぞう)」もいました。耐恒寮は、唐津藩の財政難が原因
でわずか1年余で閉鎖され、明治5年(1872)に是清が帰京すると、金吾と達蔵も後を追うように上京します。
上京後は、唐津出身の山口文次郎が運営していた「耐恒学舎」の教師をしながら、英国人モーリス夫妻に仕え英語力を磨きました。明治6年(1873)、20歳で工部省工学寮(現在の東大工学部)に最下位の成績で第一回生として入学しました。工学寮の教養課程を終えた金吾は、造船科へ進む予定を変更し達蔵と共に造家科(建築科)に進み、鹿鳴館などを設計したジョサイア・コンドル教授の指導を受けました。最下位で入学した金吾ですが、卓越した集中力と努力で猛勉強を重ね、メキメキと頭角をあらわすようになり、なんと主席で卒業するまでになりました。
明治13年(1880)、主席卒業生に与えられる特典の官費留学で英国に渡り、ロンドン大学で学びながらコンドル教授の師であるバージェスの事務所で建築の実務を学びました。
帰国の翌年明治17年(1884)金吾は、32歳でコンドル教授の後任として工部大学校教授となりながら、33歳で銀座に辰野建築事務所を開設し、教育者と建築家という2足のワラジで偉大な足跡を残します。教育者としては、日本の建築学の基礎を築き、多くの後継者を育てるとともに、現在の日本建築学会の基になる組織(造家学会)を設立しました。
建築家としては、金吾の初期の代表作「日本銀行本館(重要文化財)」を9年の歳月をかけ明治29年(1896)に完成させています。
明治35年 (1902)、金吾は47歳で大学の学長を辞任し、東京と大阪の二大都市に建築事務所を構え、大正3年(1914)に完成した代表作「中央停車場(東京駅)」をはじめ、今も日本各地に残る“辰野式”と呼ばれる赤煉瓦の建物など、200以上の建築作品を手がけました。 国会議事堂の設計コンペでは審査員となりましたが、結果を見届けること無く大正8年(1919)3月25日に享年66歳で帰らぬ人となりました。
■「春よこい」ロケと公開予定について
来春の公開目指して、映画「春よこい」撮影順調!!
唐津市内各地を舞台に、市民エキストラも多数参加。 昭和晩年の家族愛や親子の絆をテーマとした映画「春よこい」の撮影が、11月6日から唐津市呼子を舞台に行われています。
映画は、心ならずも殺人を犯して逃亡した父・修治の帰りを待ち続ける9歳の息子・ツヨシと、逆境に耐えながら、ツヨシとの暮らしを守り抜く気丈な母・芳枝、そしてその母子のためにわが身を投げ打って奔走する新聞記者の物語です。
夫への変わらぬ思いを胸に秘め、息子のために、ひたむきに今日を生き抜く芳枝の姿は、殺伐とした時代に、本当の愛とは何か、家族の絆とは何かを問いかけます。
出演は工藤夕貴さん、西島秀俊さん、時任三郎さん、小清水一揮さんらです。
撮影は12月上旬まで唐津市内を中心に行われ、映画は平成20年春、全国東映系劇場で公開予定です。
【お問い合わせ】 フィルムコミッション・唐津事務局 (唐津市観光課内)
TEL 0955-72-9127 FAX
0955-72-9182
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発行:社団法人唐津観光協会
〒847-0816 唐津市新興町2935-1 JR唐津駅内
電話番号:0955-74-3355 FAX番号:0955-74-3365
URL:http://www.karatsu-kankou.jp/ |